大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)3032号 判決

被告人 山泉正次

〔抄 録〕

道路交通取締法第一五条本文の「車馬又は軌道車は、鉄道又は軌道の踏切を通過しようとするときは、安全かどうかを確認するため、一時停車しなければならない。」というのは、鉄道又は軌道の踏切を通過しようとする車馬等はまず一時停車して、通過の安全であることを確認した上で通過しなければならないことを規定したものであつて、何時でも停車出来る態勢を整え、徐行して踏切にさしかかり左右の安全を確認して通過したとしても一時停車をしなかつた以上は、右本文の規定に違反するものといわなければならない。法がかように徐行による確認方法を認めず、一時停車すべきことを命ずるような画一的措置をとつた所以のものは、鉄道又は軌道を運行する汽車、電車等は多数の客を乗せ、又は大量の貨物を積み、或は乗客、貨物ともに積載し、高速度で疾駆するのを常とする交通機関であるから、踏切を通過しようとする車馬等を認め、急停車の措置をとつても、その高速度を持続した惰力により相当の距離を移動し、衝突事故をひき起す危険を免れないばかりでなく、かような急停車の非常手段により、汽車、電車が脱線顛覆して不測の慘害を招く虞もあるので、むしろ、汽車、電車等に比べて容易に一時停車の措置をとることのできる車馬又は軌道車に一時停車して踏切左右の鉄道又は軌道上に注意を払い、通過の安全を確認させ、事故の根絶を期したものにほかならない。しかして、踏切を通過しようとする車馬等は、たとい、徐行といえども、進行しながら、左右に注意を払うよりも、一旦停車し、前方の注視を専ら左右の安全確認に振り向ける方が、道路を進行することによる事故を未然に防止することに役立つばかりでなく、踏切通過の安全を確認する方法としては、けだし万全であるというべきである。しかしながら、同条但書に、「信号機の表示、当該警察官又は信号人の指示その他の事由により安全であることを確認したときは、この限りでない。」と本文の例外規定を設けているのは、一時停車をして安全かどうかを確認すると同様の確実性を期待できる場合は、本文の字句に拘泥して、一時停車をしなくても、差支えないことを規定したものと解すべきである。言うなれば、信号機の表示とは「進め」(青色)とある場合で、踏切通過の確認については、一時停車による確認と同程度の安全性を有する場合であり、当該警察官又は信号人の「進め」との指示も運転者において、一時停車して通過の安全を確認すると同程度の安全性を有するものであり「その他の事由」というのも、観念上この例示の場合と同様通過の安全が確保される場合を意味するものと解する。例えば、軌道、鉄橋の故障等他の原因により当該軌道上の踏切を汽車又は電車が運行することを中止している場合のように、単に運転者の主観ばかりでなく、客観的にも踏切通過の安全が絶対的に確認され得る事由をいうのである。

そこで、原審における検証調書並びに証人水野嘗平の証言によれば、本件踏切は、国鉄二俣線金指駅構内の東はずれで、三本の線路の分岐点にあつて、田口―浜松線県道との交さ点に設けられ、構内引込線上には始終貨車の停留しているのが認められ、踏切通過に対する注意の標識も設けられているところであることが明らかであるから、被告人所論の、被告人が本件踏切を通過しようとしたとき汽車の影が認められず、また現実に衝突事故の起きなかつた事実は、これを肯定し得ても、踏切場所が客観的に左右の見通しが極めて良好で、自動車運転者が踏切にさしかかつた際左右何れか汽車の影を認めた後、該踏切を通過するも何ら交通の危険を感じられない程度の遠距離の見通しがきく場所とは到底認めがたく、また所論の運転者たる被告人が本件の場合何時にても停車の出来る態勢を整えて徐行し該踏切にさしかかり左右の安全を確認して通過したとの主観的事情並びに弁護人所論の 1見通しが良好であるのみならず、2東からも西からも汽車が走つて来ないことが確認される、3人や車馬の来ないこと、4天候の良好等の客観的事実及び被告人が二十五年間無事故の優秀な運転者であるとの主観的事情は、既述のような本件踏切においては、不定時に汽車が進行通過することもあり得るのであつて、一時停車を必要としない右但書規定の「その他の事由」に該当するものとはいいがたい。

弁護人は、かような見解(解釈)は、さらに不必要に道路上の車馬等の交通阻害を強いるもので、屋上屋を重ねるものというべく法の解釈を誤つているものである旨主張する。

なるほど、前記画一的措置が道路上における車馬等の交通を阻害するようにも考えられるが、既述のように、踏切を通過しようとする車馬等は比較的容易に一時停車の措置をとり得るのであつて、右但書のほかは、一時停車をなすべきことを画一的に規定することにより、すべての車馬等が、この規定を遵守するならば、前示の衝突事故や不測の惨害を未然に防止することができるばかりでなく、車馬(道路交通取締法第一六条所定の通行の順位は当然である。)相互間の妨害となるべき併進、追従、追越等による交通の混乱を避けることにもなり、交通の安全、円滑が期待されるであろうことは、けだしその教であるというべきである。しかしながら、かような画一的措置のため車馬等の運行が、少からず遅延することはこれを否み得ないとしても、事故発生の根絶という交通安全確保の見地からは、忍ばなければならない犠牲というべく、この点の論旨はすべて理由がない。

また、被告人は、原判決の説明する「その他の理由」に関する例示について論難しているが、原判決のこの点の説明は助手の下車することを前提としているから、踏切前において助手が下車する場合は一時停車をしなければならないことは道路交通取締法第二五条、同法施行令第六八条第九号に規定するところであつて、この場合は運転者の助手が安全の確認について運転者を補助するものであるから、すでに一時停車による安全の確認の場合に相当し、設例としてはいささか不適当の嫌がないわけでなく、また一時停車の場合、常に運転者が車外に出る必要とてなく、乗車のまま一時停車をなして安全の確認をなせば足るのであるが、原判決の趣旨とするところは、前述のように事故発生の根絶という交通安全確保の見解であることは原判決の全体を通観することにより自ら諒解せられるところであつて、所論は原判決の単なる設例の不適を捉えてこれを非議するものというべく、もとより判決に影響を及ぼす程度の瑕疵というを得ない。

また、さらに原判決説明の末尾に「単に運転者の主観によつてのみ、一時停車しないことは危険である。」と論じた点を捉えて、被告人は、原判決は被告人が本件踏切を通過しようとした時間、場所における具体的、客観的安全性に関し何らの判断を尽さない理由不備、審理不尽の廉がある旨主張し、弁護人は原判決の証拠の標目には通過の安全なことにつき客観的事実の存在を示す証拠を掲記しているから、理由にくいちがいが存する旨主張するが、これもまた原判決説明の片言隻句を捉えてあえてその全体を通観しようとしない。いわゆる一斑をもつて全豹を卜するの類に異ならず、これを捉えて理由のくいちがいと認めることはできない。

(工藤 草間 渡辺好)

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